日本を代表するクルーズ客船で、日本籍では最も大きい客船である「飛鳥II」。その後継として「飛鳥III」が登場しそうです。しかし、これまで「飛鳥」を建造してきた三菱重工の「ためらい」など、その“船出”はスムーズにはいかないかもしれません。

ためらう三菱重工

 日本を代表するクルーズ客船で、日本籍では最も大きい客船である「飛鳥II」。その後継として数年前から浮かんでは延期されてきた「飛鳥III」が今度こそ、登場しそうです。2016年6月、「飛鳥II」を所有・運航する日本郵船グループが、2020年に建造30年を迎える「飛鳥II」の代替として、2020年度中に「III」を就航させる方針を明らかにしました。日本郵船の内藤忠顕社長は、「今年度(2016年度)中にメドをつけたい」と日本経済新聞で語っています。ですが「新造船を建造する」とは明言されていないなど、「飛鳥III」実現にはいくつかの課題があるようです。その最大の課題は、新造する場合の発注先です。日本郵船は初代「飛鳥」、そして「飛鳥II」とも三菱重工の長崎造船所で建造。今回も三菱を第一候補に、数年前から建造交渉が積み上げられてきました。しかし現在、三菱重工に「ためらい」が生じています。三菱重工は、アイーダ・クルーズ社(ドイツ)向けの客船建造に失敗。2016年3月にようやく引き渡しを行ったものの、建造工期は大きく遅延し、2370億円もの赤字が発生してしまいました。そのため現在、同社内には「客船事業評価委員会」が設置され、客船建造を継続するかどうかの方針づくりが進められています。つまり、それによって三菱重工側の体制が固まらない限り、「飛鳥III」の商談が実現しない可能性があるのです。日本郵船は過去、傘下であるクリスタルクルーズの客船を欧州の造船所で建造したことがあり、今回も打診したといわれています。しかし欧州の造船所は現在、どこも受注残であふれており、手が回らないのが実情。また、欧州では日本船籍の客船を建造した実績もないことから、商談として深化されることはありませんでした。新造ではなく、中古船を改装し「飛鳥III」にする方法もありますが、「日本郵船が望むような、船齢の若い中型高級船の調達はかなり難しい」(中古客船ブローカー)というのが現状。つまり三菱重工が「客船建造に応じられない」という結論を出すと、「飛鳥III」の実現は大きく遠のくかもしれません。

第2の課題は、にぎわっているようで低迷している日本

 第2の課題は、日本のクルーズ市場が拡大していないことです。2014年以降、日本の港には主として中国の需要で多数のクルーズ船が来訪。2015年に日本へクルーズ船で入国した外国人旅客数は前年比およそ2.7倍、約111.6万人と過去最多を記録しました。そのため、あたかも「クルーズブーム」がやってきているかのように、しばしば報じられています。しかし、日本の船社が運航する日本人マーケットは、様相がかなり異なるのです。2016年6月2日(木)に国土交通省が発表した「2015年のクルーズ事情」に関する統計では、日本籍客船(レジャークルーズのフェリー含む)への参加者は9万8000人にとどまり、2003(平成15)年の9万1000人以来という低水準になっています。この統計が取り始められ、「クルーズ元年」といわれた1989(平成元)年には、日本籍客船だけで13万2000人を集客していました。そのため日本郵船は、日本発着クルーズだけでなく、「アジア市場進出」の検討を開始。市場開拓の可能性を探る意向ですが、はたして料金の安い外国船との競争に勝てるのか、そこが大きな課題といえます。

日本を代表する船が外国籍に? 自ら不利にしている日本

 そして第3の課題は、「飛鳥III」を“日本国籍船”として就航させるかどうか、です。国際海運やクルーズの制度として、どの国も「カボタージュ法」を施行しており、国内クルーズはその国籍の船でなければ実施できません。現在、海外からやってくる客船のほとんどは、「便宜置籍船」と称して船の国籍をパナマやバハマなどの国へ置き、税金を抑えたり、乗員の国籍要件を緩和させ人件費を抑えるといったコスト対策を行っています。しかしその代わり、日本国内クルーズは実施できません。そのためクルーズ中に一度、韓国の釜山など外国の港にワンタッチするといった手法も使われます。しかし日本船籍にすると、国内クルーズを実施できますが、以下のような国内法規の制約を受けることになります。

・オフィサー(航海士・機関士)は日本人に限る。
・60日に一度、海外に出る義務。
・同一寄港地や同じ航路のクルーズは年3回まで(定期船との差別化のため)。
・カジノの禁止。
・安全運航管理者の常設義務付け。
・消費税の付加、など。

 このため日本のクルーズは「世界最高」ともいわれるほど料金が割高で、それが、日本におけるクルーズの大衆化を妨げている要因である、という説もあります。つまり「飛鳥III」を日本国籍船にするかどうかで、先述した「アジア市場進出」の成否など、同船の未来が大きく変わってくるのです。しかしここで、次のような声も業界で上がっています。「日本を代表するような新しい客船が登場するなら、この機会に規制を見直して、『カボタージュ法』は仕方がないにしても、“日本船が不利になる規定”だけは変更できないだろうか……」この機会に、規制に関する議論を深められるかどうかによって「飛鳥III」、そして「日本船による日本人のためのクルーズ」の将来が左右されることになるかもしれません。